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連載8 過剰からシンプルへ

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スモール、スローに続く三つ目のSは、「シンプル」です。前の二つ同様、現代社会では、「単純」「質素」「愚か」などの否定的な意味を担わされている。

シンプルの大切さを思い出すには、その反対に注目すればいいでしょう。

クラッターとは、一定の空間にあまりに多くのモノが詰まっている状態です。部屋から、家、地域、国、地球へと広げてみると、それぞれのレベルで、モノが溢れかえったクラッター状態であることがわかります。環境問題というのもそれ。

この言葉の意味をさらに拡張してみる。まず現代人が生きる時間の中にはあまりにも多くの「すること」が、そして心の中には考え事や心配や不安が詰まっている。多忙もストレスも心の病もその結果です。

そんな現代社会の特徴を一語で表すなら、「過剰」です。食べ過ぎ、飲み過ぎが、体調不良や病の最大の原因の一つであるように、コトの過剰が心の平穏や人間関係を壊し、モノの過剰が人類の未来を脅かす。これ以上、社会にとって深刻な問題があるでしょうか。

どうしてこんなことに?

その理由は、新聞やテレビやネットを見ればすぐわかる。二四時間、スペースを隈なく使って、あらゆるモノやコトを売りまくっている。そして買い続ける。この止めどない売買が経済成長なるものの中身です。それを維持すること自体が、社会の最大の目標になっている。膨張し続けることによってしか成り立たないという困ったシステムです。

一生を通じて、消費者という名がぼくたちについて回ります。広告は単にあれやこれやの商品を売るためにあるのではなく、人々に「消費こそがあらゆる問題の解決だ」と信じさせるためにあるのです。

これで「モノ」や「コト」の洪水が起こらなかったら、かえって不思議でしょう。

モノとコトの洪水の時代を生き抜く智慧(ちえ)─それがシンプルです。「足るを知る」ことと言い換えてもいい。2500年も前に老子は言っていました。「足るを知らぬことよりも大きな災禍はない」と。逆に、H・D・ソローが言ったように、「どれだけのモノを手放すことができるかが、その人の豊かさを決める」のです。

まずは、自分の生き方の中にある過剰から「ちょうどいい」ところまで、一つずつシンプリファイ(引き算)していきましょう。この引き算は生きる歓びの減少ではなく、逆に、より美しく、平安で、楽しく、意義深いつながりに満ちた、豊かな人生への道筋です。あのサン・テグジュペリも言っていたっけ。「完璧さとは、もう引き算する必要がない状態のことだ」と。

2014年 婦人之友 8月号掲載