ゆっくり小学校 ≫ 婦人之友誌連載

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不思議に満ちているからこそ、世界は輝いているんですね、きっと。とはいえ、どうにも不可解で、悲しいことがあります。

地球上にかつて存在した生物の中で一番知的な存在であるはずの人間が、なぜ自分の住処である地球そのものを破壊しようとしているのか? 不思議でしょ?

自然農法を提唱した哲学者、福岡正信さん(1913〜2008)は「人間ほど利口な動物もいないが、人間ほど馬鹿な動物もいない」と言いました。でも、どちらかと言えば、より深刻なのは「利口」、つまり、自分の無知を知らないことだ、と。

彼は言います。人間は葉っぱ1枚のことさえ永遠に理解できない。ハエ1匹造れない。小さい生物がそれぞれ果たしている役割を知ることもできないくせに、刻々、それらを絶滅に追いやっている。自然のバランスに対して「戦慄すべき破壊」をもたらしていることも知らずに、自然を征服した気になっている、と。「無知の知」というソクラテスの言葉どおり、知らない、知り得ないということこそを知り、謙虚に学び直したいものです。

ところで、「知る」というのは科学の専売特許ではありません。西洋科学が普及する以前には、この世界の様々な事象を理解する無数の方法があったのです。

地域ごとの世界観は異なり、多様ですが、一方、それらに共通する知恵があります。それは「ボトムライン」、つまり、「それなしに人間が存在しえないという最低限の条件」についての認識と、それを「聖なるもの」とする畏敬の念です。

空気、水、土、太陽エネルギー、生物多様性、そして社会、愛……。これらのボトムラインを最高の価値として崇めることが、ほとんどの宗教の、神話の、道徳の基本だったのです。

さて、本連載もいよいよ終わりです。ここまでつき合ってくださったあなたは、これで晴れて卒業……と思ったら、大間違い。ゆっくり小学校は終わりのない学びと学び直しのプロセスなのですから。

SSSは、自分と社会を変革するための学校です。マハトマ・ガンディーは「ビー・ザ・チェンジ!」と言いました。つまり、「こうなったらいいな」と思う、その変化になる。あなた自身が変化を体現しなさい、と。

最後に、ぼくが南米の先住民から教わったお話です。

燃える森の中で、1羽のハチドリだけが一滴ずつ水を運んでは火の上に落としていく。「そんなことをしていったい何になる?」と笑う動物たちに、ハチドリは答える。「私は、私にできることをしているだけ」

あなたがそのハチドリです。ありがとう。