大人の学び舎「ゆっくり小学校」では、雲水(禅の修行僧)の星覚さんのもと、禅の教えを暮らしに生かす学びの場「ゆっくり禅小学校」を定期開催しております。そしてこの春、「ゆっくり禅リトリート」と題し、禅の作法に、ゆるやかに身をゆだね、清々しい自分になっていく、2泊3日のお泊り会を企画いたしました。
早寝早起き、拭きそうじ、調理、一汁一菜の食事、食事ごとの祈り……、星覚さんが日々続けておられる美しい暮らしの所作を共に体験し、澄んだ自分に出会う旅へ、どうぞお出かけください。
星覚さんより、お誘いの言葉
最初にゆっくり小学校を訪れたきっかけは「ようむ員」の上野宗則さんと出会ったことです。新下関から車で15分ほどのところに、その不思議な小学校はありました。小学校といっても先生らしき人はみあたりません。そのかわりに、山の伏流水から流れてくる小川のまわりには自然農園が広がり、そこにあるもので何でも手作りしてしまう不思議なおじちゃんや、孫をあやすように作物をひとつひとつ、やさしく手入れするおばちゃん達がいて、畳に坐ると窓の向こうには美しい山々を背景に、元氣よく育つ虫や動植物達の気配が感じられます。校舎の隣にある給食室では、いまそこで採れたものを、いまそこにいる人が工夫を重ねて料理してくれ、丁寧に焼かれた手作りの器に盛られたお米や野菜は、元氣に溢れています。
「ここではきっと命そのものが先生なんだ」
そんな教科書にありそうな言葉が、本当に浮かんでくるのです。何度もおとずれるうちに、ありのままで心地よい、この暮らしをもっと深く味わいたくなるのでした。
そこで思いついたのが摂心です。禅寺では生活に必要最低限のこと以外はお休みして、坐禅と食事に集中するリトリートのような期間があり、摂心とよばれています。この伝統を現代風にゆっくり楽しくアレンジして、暮らし豊かな学舎で行うのが「ゆっくり禅リトリート」というわけです。
生命力豊かな食べものを、1日1食、豊かに頂き、朝日と共に起き、立つこと、歩くこと、坐ること、寝ることを、皆で丁寧に味わってみましょう。そういえば修行僧の間では皆が集うことで働き出す不思議な力を「大衆の威神力」と呼んでいました。特に私が楽しみにしているのは、ついつい手に取ってしまうデジタルデバイスから離れたオフラインの週末! 自然との懐かしい循環を習慣にする、新たなチャレンジをご一緒できれば嬉しいです。
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